~それでもがんばる!オンナのエッセイ~香月梨沙

岩手に住むエッセイスト 香月梨沙によるアラフォーからの人生の過ごし方を伝授!

 香月梨沙・・・思い立ったら即行動。石橋を叩かず渡るので、たまに橋ごと落ちる。楽天的小心者。☆趣味:一人旅、ヨガ、妄想。

~それでもがんばる!オンナのエッセイ~

No1~No30

☆☆☆マスク対策への対策☆☆☆

感染症対策が日常となり、マスクは今や顔の一部と化した。不織布マスクもずいぶんカラフルになり、『今日はどの色にしようかしら』なんて楽しみも増えた。
こんなふうにマスク生活にも慣れたつもりでいたが、二度目の夏を迎えてみると、やはり暑い。そして熱がこもる。
ヨガをする時は、基本的にマスクをつけている。『鼻から大きく息を吸って〜』の合図で吸う。すると、マスクが呼気で湿った状態で行えば、たちまち鼻の穴にマスクが張り付く。
マスクに負けないように息を吸う。不織布のほんのわずかな隙間から、シュゥーと音を立てて空気が入ってくる。はて、ヨガとはこんなにも吸引力を必要とする運動だっただろうか。別の修行が始まっている。

マスク生活には利点もある。顔が半分隠れることだ。顎がしゃくれ気味で、唇の薄さがコンプレックスの私にとっては、軽薄な感じをカバーしてくれる便利アイテムである。メイクは顔の上半身、目と眉毛だけちゃんとしてればいいやという方も多いのでは無いだろうか。
パーソナルカラーのマスクで気分も華やか。目元もバッチリ。美しさ倍増よ〜、と思っていたが、ここにはワナが潜んでいた。
打ち合わせで外出しかた時のこと。うちに帰ってマスクを外し、ふと気になって鏡を見る。何となく以前よりしゃくれている様な気がする。
これは、マスクで隠しているからと油断した。動かしていなかった骨や筋肉が緩くなり、収まりが悪くなったか?そう言えば、法令線も深くなった気がする(汗)
か…、か、顔の下半身が油断している!慌てて、マッサージしたり昔買った超音波を顔に当てたりし始めた。

相手の顔が隠されている時、人は理想の姿を想像するのではないだろうか。
『マスクの下はきっと、しゃくれているよね」とか、『この人は下ぶくれだろう』という発想はない。
そして、マスクを外した瞬間に、あれ?こんな顔だったかな。とか、想像と違う〜というあの感じ。皆さんにもお分かりいただけるだろう。
実はそれは脳科学的にも当てはまっているらしく、ちょっと隠れていたほうが想像力をかきたてられる+隠れたところは減点法ではなく加点法で評価しているということが、おおよその人達には当てはまるらしい。
隠れていないところの要素から推測して、最適なバランスを当てはめてプラスの評価をしているのだそうだ。

困りますな。
これから出会う人をガッカリさせないために
、そして少しでも理想の顔に近づく様に、移動中の車で顔のエクササイズを始めた。蒸れたマスクを取り外し、引き締まった顎を目指す!
それに加えて、嚥下体操だ。
どうも誤嚥が頻繁になってきて、先日はお客様の前で水を飲んだ一口目で咽せてしまい、初めて息が吸えないほどの誤嚥に襲われ、吸おうとする毎に「ヒーヒー」が止まらず、落ち着くまで10分という事態に見舞われた。お客様もすっかり引いていたし、ましてや救急車を呼ばせる事になってはならぬと、誤嚥防止の発声体操も始めた。

たった一人で車に乗っているのに、ひょっとこや、アイーンの顔をしたり、車から漏れる程の奇声をあげたり。そんな不審な中年女性は私かもしれません。

でもみなさん、マスクを手放す時も近いかもしれません。お顔の下半身は大丈夫ですか?みんなで大がっかり大会、なんてことにならないように、車の中でのお口の体操、流行らせましょうよ。


☆☆習いごと☆☆

『生涯学習』とはよく言ったものだ。人は一生を過ごすうちに沢山の勉強をする。
現代では多くの人が、小さい時に習いごとを経験していると思う。

欧米では、小さい時に3ヶ月単位で様々なスポーツ体験ができ、その体験の中で自分がよいと思ったものを選択していくスタイルが主流らしい。
自分で選択させるという経験は、将来の主体性や積極性に関わってくる。やっぱり合わなかったな、となっても、それは失敗ではなく経験値。大事なのは自分で考えて行動した事に責任を持つということだ。

私の子ども時代はどうだったろう。
田舎だったので、習字と算盤くらいしか選択肢は無かった。
祖父が習字の先生だったので、小学生になる前から選択の余地なく習字を始めた。祖父が家に来て教えてくれたので通う必要は無かったが、子どもにとっては逃げ場のない状況である。祖父も祖父で、褒める時に「元気だけはある」としか言わなかった。元気だけを全面に押し出して、祖父が諦めるのを待った。
算盤は、近所の頭の良い仲良しのお姉さんに誘われて、少し習った。ところが暗算が全く出来なかった。『頭の中に算盤をイメージすれば良い』と言われても、頭の中の算盤は弾いた先から消えていく。根気強く教えてくれたお姉さんの表情が苦笑いに変化した頃、『算盤は、元気ではカバーできない』と気づいた。
今考えれば、どちらも静の要素で動では無かったので、私にはあまり合う習い事ではなかったと思う。計算もいまだに苦手だ。『習字で劇的に人生が変わった』とか、『今でも算盤には感謝している』ということもない。

すでに成人している、うちの子達の事も思い出してみた。習い事を選べなかった自分の子ども時代の反動からか、やりたいと言われたものは片っ端からやらせていた。上の子は英会話、バレエ、公文。下の子は野球、サッカー、スイミング。
当時は全てにおいて送り迎えやお当番があり、練習中ずっと付き添う事も少なくなかった。試合となれば他県まで他の子も乗せて運転し、終わればご苦労さんの飲み会で、週末が終わっていた。
大人になった今、バレリーナでもプロスポーツ選手でもない我が家の子どもたちは、当時のことをどう思っているのだろう。やりたいと言ったのは彼らだが、『途中で辞めるのは許さないよ』と話した記憶がある。『こんなに一生懸命やっている』という、親のエゴの様なものは無かっただろうか。

私は大人になってから興味を持ち、自分のお金で勉強したものが今、モノになっている。
私にとって小さい時の事で今役立っているのは、習字算盤では無く、その時代に何にワクワクしていたか、何に感動したかという感性やその感覚だ。

そして、これからの社会を生きていく子ども達に必要なのはきっと、自分の道を選ぶ力、経験から学ぶ力、そして責任を取る力なのだと思う。

そして忘れてはならない私たち。子育てを終え、私たちにはじっくり自分と向き合う時間と気持ちの余裕がある。

もしあなたが『いつかやってみたいな』と思っていることがあるとしたら、チャンスは今かもしれない。
新たな学びへの一歩を、踏み出してみませんか。

 


☆☆29 コロナ禍を過ごす☆☆

コロナ禍の中、みなさんはどのように日々を過ごされているだろうか。
大好きな飲み会も催せない世の中、みんなで集まれないものか…とネットで検索すると、アウトドアをお勧めするページがたくさん出てきた。
なるほど人との距離も保てるうえに、換気も気にしなくていい。もともとキャンプが好きな義弟などはアウトドア用品もたくさん持っていて、思い立つと庭でBBQなど楽しんでいるらしい。家族の気分転換にもなるし、なかなかよい趣味だと思う。

私は自然も好きだしBBQも好きだが、虫が大の苦手だ。ひとたび虫を見つけようものなら、楽しいBBQタイムを恐怖の空間に変えてしまう自信がある。
それでも、パパがダッチオーブンでパンやソーセージを焼いて(さっきネットで調べた)、『後始末も任せとけ!』って爽やかに言うなら「パパ素敵!カッコイイ〜」ともなるのだろうが、そもそもうちの人は出不精で面倒臭がりなので、そんな事も全く無かった。

さて、コロナ禍ではインドアでの時間有効活用術が大切である。私は体幹を鍛える事と、やはりオカルトに走ってしまった。
今は何をするにもネットから情報を貰える。1日1時間程のワークアウトを重ねる事1ヶ月。なんだか二の腕が引き締まってきた。やった、成功だ。
失敗は、筋肉好きゆえに男性による男性のためのエクササイズしか見ていなかったこと。どうも僧帽筋が発達し、首も太くなってしまった。今の私は、上半身がラガーマンっぽい。
良い事もあった。ぷよぷよしていた内腿の内転筋部分と後ろのハムストリングが締まった気がする。
「おや、ラグビー経験者ですか?」なんて言われたくないので、ワークアウトは強度を調整しながら取り組んでいる。

オカルトは、大好きな楳図かずお先生の描く人物の表情を真似て、写真を撮るというものだ。わざと顔に影が入るように光を調整し、目をカッと見開き口を大きく開ける。余談だが、この表情は顔中の筋肉を使うので絶対小顔効果があると思う。SNSなどに上げたりしないものの、徐々に主人公の表情に近づく自分を楽しんでいる。

ところで、先日ちょっぴり怖い体験をした。
夜にお隣とうちの間の裏庭にいた時のこと。カサッカサッと音がしたので雨が降ってきたのかと耳を澄ませたが、雨が当たる感じもないし、空には星が見えている。気のせいかと思い作業を続けると、今度はガサッガサッと音が近づいてきてきた。何も見えないが、近づいて来る気配がする。さては大嫌いな虫か。しかも大きい…!
恐怖を感じ、私は急いでうちの中に逃げ帰った。
家に入って家族に訴えている間に、なんだか笑いが込み上げてきた。冷静になって考えてみれば、さっきの音は確実に足音。あんな時間にあの場で足音を立てるのはお隣のおばさんだ。こんな夜中に庭にいる私に、挨拶しようと近寄ってきてくれたのだと思う。
にも関わらず、恐怖の表情を浮かべて家の中に走り去る私。昨今の小顔体操?の効果で、一瞬にして表情はまさに楳図かずお先生の描く主人公。やってみていただくとわかるが、現実であの表情になるにはなかなかに技術がいる。そして怖い。
お隣のおばさんはさぞかし恐ろしかったろう。自撮りを忘れたのが悔やまれる。

そろそろ大好きな夏が来る。エアコンの無かった時代の名残りか、夏場はオカルト系の映画や怪談話が多くなる。私にとってのパラダイスだ。パラダイスを心置きなく楽しむためにも、ワークアウトと小顔トレーニングは続けて行きたい。

我が家の周辺に『首の太い楳図かずお系の妖怪が出る』と噂が立つと困るので、お隣のおばさんには翌日謝りに行った。
「昨夜は留守にしていましたけど…?」
私の顔は、再び楳図かずおになった。


☆☆28 初めてのPCR検査☆☆

みなさんはお受けになりましたか、PCR検査。私は、つい先日受けました。

お世話になっていた施設で感染者が出たとの事で、『利用者全員がPCR検査を受けるように』との通知を受けたのだ。

これだけ感染が広がっている状況、自分のそばにも危機はあるはず。検査となったらガッツリ取材してやろうじゃないか…と思っていた。が、実際はそうは行かなかった。

まず心配したのは家族のこと。最近夫が骨折し、家でずっとリハビリしている。当連載でもお馴染みの、あのとぼけた夫である。彼は持病があるため、骨折して弱っている今、コロナにかかったらまずいだろう。

そして次に思ったのが、自分のこと。『今はお互いさまだもの、周りの人も分かってくれるさ!』と思っていたのだが…責められたらどうしようか、SNSで拡散されたらどうしようか…ネガティブなことをいろいろ想像した。そして、考えている自分に気づいて更に動揺した。

お伝えしておくが、結果は陰性だった。陰性がはっきりするまでの数日でもこれだけ気持ちが揺らぐのだもの、もし周りに陽性になった人がいたとしたら、心から優しくしようと思う。

さて、まだ経験されていない方のためにPCRレポートを(状況や施設によって変わると思うので、あくまで一例としてお読みください)。

保健所から電話のあった翌日、指定された病院へ向かった。そのまま職員さんの誘導を受けて、駐車場奥へ進むと長屋風のプレハブの検査室が幾つかあり、呼ばれたら中に入る。TVで見るような防護服に身を包んだ看護師さんを見てドキドキ。
唾液で検査するのだと思っていたが、鼻から長い綿棒を入れるタイプだった。

インフルエンザの検査でお馴染みの、あの綿棒。絶対眉間まで入ってると思う。痛がりで大袈裟な私は「ハーーーーー!!」と、プレハブの壁が共鳴する声が出た。

ああ痛かったよ。やっぱり痛かった。

その後はまた車で帰って自宅待機。翌日の保健所からのお電話で、陰性を知ったのでした。

これを1日100人単位で行う日もあるのだろう。親身になって優しく、しかし手際よく手続きを進めてくださる職員の皆様の様子に、頭が下がる思いだった。
検査を受けただけでこんなに動揺するんだもの、陽性だった方はどんなに大変か。生きている以上、人との接触を絶つことなんてできないのだから、『弱っている相手を叩く』なんてこと、絶対あってはならない。そう思えた出来事だった。

そういえば骨折リハビリ中の夫について触れよう。

骨折の原因は転倒。みるみる脚が腫れ上がったので病院に連れて行くと、『ポッキリですね』とのこと。コロナの影響で、すぐには手術できなかったりもした。

退院後、ちょっとやせた夫と買い物へ。駐車場に着くと、『車椅子使いたい』という。

病院で車椅子を使っていたので、自分で上手に操れることは知っている。これは弱ってしまった筋力と気力を鍛えるチャンス到来である。優しさを込めて、私はハンドルから手を離した。

入り口のスロープは思ったより急だった。四苦八苦する彼に、私は優しく「それ、頑張れ頑張れ。やれ、もうちょっと!」と声援を送った。長い(急だけど3歩くらい)坂を登りきり、満足げな彼を見て、私も嬉しくなった。

店内でも車椅子に乗っていると色んな人が声をかけてくれたらしく、私が用事を済ませて戻った時には「皆、優しいねえ。」と、涙目でありがたがっていた。

帰りのスロープでも、もちろん彼を見守った。下り坂だから、登りより楽だろうと思ったのだ。

…車椅子は退院したての彼を乗せ、勢いよく下って行った。これはヤバいスピードだ。彼は珍しく慌てた様子で、『ぬおっ』とか言いながらブレーキをかけ、なんとか止まった。

ほっとしたらなんだか笑いが止まらなくなり、ゲラゲラ笑いながら車椅子捌きを褒め称えた。すると夫は、「この店の人は優しかったのに、梨沙は危ない俺を見て笑い転げているだけだ」と悲しそうに言った。

「何言ってんのよ。こんな時は笑いが大切なんだよ。悲しくても笑い飛ばそうよ。」と言うと、「飛ばし過ぎ。」とピシャリ。私を置いて、車椅子をシャーっと漕いでいった。

まあね。そうだけどさ。
『弱っている相手に優しく。私の優しさは的外れなときがある。』と学んだのでした。

夕陽に向かい、上手に進む車椅子を見て、しみじみ思った。
夫が無事退院できたのも、医療関係者の皆様のおかげ。大変な日々を垣間見たいま、少しでも笑顔が増えるよう、心から祈ります。


☆☆27 勉強のきっかけは母 ☆☆

幼かった頃、母はいつもエプロンをつけていた。
母に当時のことを聞くと、エプロンの意味は大きく二つ。体型カバーと普段着カバーだったという。なるほど、貧乏だった我が家において、自分の服を後回しにした結果、くたびれた服をカバーするのにも、エプロンは必須アイテムだったのだろう。

今でこそ、安価で素敵な服をどこにいても買うことができるが、当時はそうはいかなかった。通販もほとんど無ければ、ファッションについて気軽に調べられるアプリも無かったのだから、母だけが特別、というわけではなかったのだろう。実際、友達のお母さんも似たり寄ったり。保険のお仕事をしている友達のお母さんのスーツ姿がやけに眩しかったくらいだ。

その反動か、私はメイクにもファッションにも興味津々。今も服選びは楽しく、アドレナリンが出まくる。
そこで、一つの目標を立てた。せっかくの興味を生かし、ちゃんとした資格をとってみよう。自分の服選びだけではなく、母にもアドバイスしてあげられるファッション診断の資格を勉強しよう。

セミナーは、引越しで関東から岩手へ来たという先生から受けることとなった。さすが先生は毎日素敵なコーディネートで登場する。
そしてその指導は、厳しかった。「なぜそう判断したの?」「『華やか』という言葉は素敵だけど、相手は求めているかしら?」自分に足りないものをどんどん指摘してくださる。正直辛い。が、一言一言にハッとする。
先生は、判断が1人よがりになりがちな私を見抜き、「とにかく相手を最優先で考えなさいね」とご指導をしてくださった。

セミナーの最終段階では、モデルをのべ3人連れて行き、先生の前で実際に診断した。モデルとして協力してくれる友人に「目の焦点があっていないが、大丈夫か」と心配されるほど緊張していた。しかし、今日も美しい先生は容赦せず、私の診断の一挙手一投足の全てを見つめ、疑問があれば即座にツッコミを入れてくる。しどろもどろになりながらも、なんとか終了…。
全ての神経を使い果たして口を半開きにしている私に、先生が一言。
「誰のために勉強しようと思ったのかを忘れないでね」
思い出したのは母の姿。ああ、母に似合う服を、今なら選んであげられる。

こうしていよいよ母を診断し、服を一緒に買いに行った。先生に教えてもらった通り、母の気持ちを最優先。絶対似合う!からと押し付けたりせず、似合うと思った理由を語り、一緒に考えた。
母は、顔色が明るく見えるストールや、体型をカバーしながら縦ラインの視覚効果のあるロングカーディガンを選んだ。これまでの母にはないチョイスだが、試着したところ大変似合った。母は、とてもとても喜んでくれた。

若い時には大嫌いだった勉強も、この歳になって初めて楽しさを知った。
あの頃の自分に教えてあげたい…とは思うが、きっとあの頃の自分には理解できないだろう。これまでの人生経験が、私を変えてくれたのだ。次の目標は何にしようか、もうワクワクしている自分がいる。

きっかけを得ると、人生を取り巻くいろいろなものが変わる。ちなみに母は、あの時買ったストールや服を、「気分が華やかになって良いのよ」と使っている。
あなたの人生にも、素敵な新しい出会いがありますように。


☆☆26 ◯ち◯毛騒動 ☆☆

用事は何もない。天気も悪い。出かける程の元気もない。こんな日は家で読書をするに限る。
さて何を…と思って本棚を物色するが、どれもピンとこない。肩肘張らずに読めて、なおかつ元気が出るような本は無いかしら。
自分の本棚にないのなら…と、夫が古本屋に出す本をまとめていたことを思い出し、早速声をかけてみた。
それならば、と差し出された本は、「ココ・シャネルの言葉(大和書房)」。パラパラとめくってみると、ココシャネルがその生涯の中で語った言葉が紹介されている。今の気分にピッタリな一冊!と思えた。

「退屈よりも大失敗を選びなさい」なんて、まさに私のモットーである。
まだ貴族風のゴテゴテしたドレスが主流だったその時代、正反対に要らないものを排除し、動き易い素材で今までとは全く違うファッションを創り出し、世界に認められた。その人生は波瀾万丈。そこからどんな名言が生まれたのかと、さっそく読み進めた。

さて本の中盤くらいにさしかかり、ココの人生に転機が訪れる。恋人の事故死によって、「全てを失った」と嘆き、悲しむココ。
そしてこの読書タイムにも転記が訪れた。「この後どうなる?」とページをめくると、はらりと落ちたしおり。よく見ると、お薬手帳を忘れた時に渡されるシールであった!
お手元に同じシールがあったら見てみて欲しい。名前・住所・電話番号・病院名・薬の名前がしっかり書かれている。お薬手帳を忘れるようなうっかりさんが相手なのだから、細かく書いて絶対に間違いがないようにして下さっているのだ。
しかし、この本は夫が古本屋に出そうと思っていたもの。万が一そのまま売っていたら、どんな病気のどこの誰の物だったか、個人情報まで売ってしまうではないか。
さっそく夫に伝えた。危ないじゃないか、気を付けてよと。

再び本の続きを読むこと20分。ココは新しい目標を手に入れ、また頑張り始めた。どんな逆境においても、前を向き続けるココ。
そしてまた別の物がはさまっていた。これはまさしく、紛れもない、ち◯毛ではないか!彼のそのあたりの様子はだいたい知っている。これは間違いなく、彼のち○毛である。

ココシャネルの人生の経験から生まれた名言も、ち◯毛で汚され台無し。気を取り直して読み進めてみたが、どんなにココが素敵な言葉を話しても、次のページにまた挟まっているかも知れないと思うと集中できない。折角の読書タイムに水を刺されたことが悔しくて、再び夫のところへ行った。
今度はち○毛が挟まっていたこと、おかげで集中できないことを話しているうちに、腹も立ってきた。「このまま古本屋に出したら、◯◯に住んでて、◯◯病院に通院している、持病のある、ち◯毛を毟りながら本を読むクセのある、◯◯という人って想像されるでしょ!超個人情報を本にはさむなーーー!」

私とは正反対の性格の彼は「えー。本当?笑っちゃうね。はいはい、気を付けましょう」と言って、その場から去っていった。
私はと言えば、しばらく沸々と込み上げる怒りに任せて、鍋を洗い始めた。

ある意味、彼のことが羨ましい。夫は私のように感情の起伏も激しくないし、情熱や刺激を求めて生きているという感じもしない。風貌も穏やかで仏のよう。絶対私より長生きするんだろうと思う。
先日も、機械音痴の彼に「このリモコンのマイクマークを押しながら話すと、見たいものを検索してくれるよ」と教えたら。嬉しそうに新機能を試し始めた。手に持っていれば、普通に聞き取ってくれるのだが、夫はバスガイドのようにリモコンに口を押し付けて話している。コロナ禍において衛生面でもそれはちょっと…と注意しようと思ったが、リモコンに嬉しそうに話しかける姿がちょっと面白いので、今もそのままにしている。リモコンはそっと消毒している。

時々大変なことをやらかす夫だが、正反対な性格同士、うまくおさまって来たのだと思う。人との相性って大切だ。

ふと思う。
挟まっていた箇所から考えて、夫は病院でこの本を読んでいたのだと思う。持病のために定期通院する中で、彼はなぜココシャネルを選んだのだろう。読み終えてみると、ココの生き方は、大胆で直情的。そう、「夫か私か」で言えば、限りなく「私」寄りな生き方だと思った。
私が彼のことを羨ましいと感じるように、夫も時々は私のことを「羨ましい」と感じてくれることがあるのでしょうかね。

洗い上げた鍋を使って、この日は夫の好きなキムチ鍋をたんまり作ってみたのでした。


☆☆No25  2021年アガる話 ☆☆

皆さま明けましておめでとうございます。今年も香月は気力体力を満タンにして、皆さまに元気をお届けしていこうと思っています。

昨年末、「2021年は風の時代」「これからは個々の時代」という言葉をよく聞いた。風の時代は木星と土星が水瓶座で合わさり、新しい風が吹くんだとか。今まで以上に「どう生きるか」について考え、自分なりの答え・方針を見出す年となるのだそう。
2020から続くコロナの影響で、私自身の働き方も変化した。息子の大学の授業がオンライン講義になったり、お店での会計がトレイでの受け渡しになったり、生活の中でも時代が変わっている事を肌で感じる。
そんな中、私はどう生きていくか。うがい・手洗いなどの感染予防対策をしながら、マスメディアにあまり惑わされず、元気にアガって過ごすことかなと思う。沈みがちな日々でも、そこにいる10人のうち1人くらい気分がアガってる人がいたら、周りも明るくなると思う。「こっちは真剣なんだ!」なんて叱られた時は、神妙な顔をして黙っておこう。そして心の中でサルサでも踊っておこう。

からの、アガる話。
女性の生理の話である。
昨年、「生理ちゃん」という漫画(小山健著 KADOKAWA)が有名になった。その影響で「今、生理中」と口に出せる女性が増えたそうだ。今度映画化もされるそうで、生理の仕組みや辛さを理解する男性が増えるといいなと思う。
生理だってアンタッチャブルなんだもの。更年期はさらに、男性には未知の世界だろう。感情の起伏も、憂鬱もめまいも頭痛も、これまた更年期に差し掛かれば酷くなる事を周知して頂き、なおかつ温かく見守ってほしいものだ。「生理ちゃん」に続き、更年期の「サラちゃん」なんて続編、小山先生、どうでしょう。

私もアラフィフ。心の中でサルサを踊ろうが、立派な「サラちゃん」入りとなった。
先日は、気づけば2ヶ月以上も生理がない事に気づき、びっくりして病院に行った。異常なしの診断にホッとしたからか、「更年期に入ってますからねぇ」というDrの話に反発したからか、その翌日に生理は来た。
話してみると、周りにもいるわいるわ。1年位無かったのに、よりによってプロ野球観戦中に大出血したとか、仕事で大事なお客様と話しているときに大量の汗が出て(火照りを伴ったりする。ホットフラッシュという)大変だったとか、パターンも様々だ。
心もカラダも乱れる「サラちゃん」達である。
そんな時には温かく見守ってください。

さて、迎えた2021年。新しい生活様式の中で、更年期による体と心の変化とも向き合っていく必要がありそうだ。
できるだけ気にしないようにしながら、今年もいつもの調子でやっていけるといいなぁ。
熱中できる楽しい事をする。たまに男性の筋肉を眺めてムフっとして、若かりし頃のジュード・ロウの映画を観て充電。
友人との会話は必須だ。私の知らない世界を広げてくれる。そして「今を楽しむ方法」を教えてくれるのはいつだって友人たちだ。更年期の辛さの乗り切り方だって、たくさんヒントをくれる。

本当は飲み会でもして、集まって話したいんだけどなー!いまは我慢、我慢。コロナ禍も更年期も、いつかきっと終わる日が来る。サラちゃんは、サルサを踊って楽しく乗り切って行こうと思います。
読者の皆さまにとっても、幸多き一年となりますように。小欄から、良い風を送っていきます!

 


★★No24 ドキドキワクワクを探して★★

2、3年前の自分の写真と、今の写真を見比べると、今の方がなんだか良い表情をしている。さらに、若くも見える。ライフステージとしては更年期に突入しているし、若い頃のように動けないと感じることはもちろんある。しかし、何日も疲れを引きずる事が無くなった。
要因の一つは、趣味のヨガだろう。疲れやストレスは呼吸法で逃す事が出来ると分かったのもあるかもしれない。
もう一つは、好きな事をさせてもらっているということ。
直感を大切にする私は、ビビッときたものには何にでも手を出してきた。例え、家族に反対されても何のその。「私がこれをすれば皆がこんなに得をする」と熱くプレゼンし、たくさんのことにチャレンジし、成功を収めてきた(時間と金の無駄になったこともあったが、過去は振り返らないのだ)。
今まで挑戦してきた色々なことが今、形になり始めている。私事ではあるが、このたび主な収入源としてきた仕事を辞めて、独立をしようとしているところである。
独立を決心してからというもの、トントン拍子に話が進んでいる。困った時にはどこからか救いの手が現れる。たくさんの人との繋がりを、大切にしてきて良かったと実感している。
中年だが、青春真っ盛りの少年のように、朝はワクワクしながら起きる。毎日が楽しくて仕方ない。こんな日々を過ごしているのだから、そりゃぁ多少若返りもするだろう。
家族に感謝。助けてくれるすべての人に感謝。これからも頑張ります。

…といういい子ちゃん報告で終わったら面白くないわけで。実は思い当たるフシがもう一つあるのだ。若さを保つ秘訣、それはエロスである。
昔から、男性の筋肉を観察するのが大好きである。以前のエッセイにも書いたが、ちょっと覗き趣味もある。
筋肉といっても、ボディビルダーのように「見せるための筋肉」ではない。工事現場や建設現場で見かける、「実用性の高い筋肉」が大好きだ。年を経て、より欲望が高まっているのを感じている。運転中に工事現場の横を通りかかり、うっかり不謹慎な目で見つめて誘導のお兄さんに不審がられたりする。
服の下にある、齧ったら硬そうな筋肉を想像する。素人では絶対に触れそうにない重機を扱っていたりしたら、ちょっと近寄ってモミモミしたいと本気で考えてしまう。
先日は、見すぎてついにバチが当たった。仕事中、宅配業者の方の、毎日重いものを持ち運んでいるのであろう筋肉をぼーっと見ていたら、ダンボールにつまづいてぶっ飛び、スライディング。ただ今両膝が内出血して真っ青になっている。
男性が女性の胸やお尻に目をやって非難されることがある。正直、見てしまう男性の気持ちがよくわかる私である。
ヨガで鍛えた瞑想で、この欲求を消すことはできるかもしれない。だが、あえてしない。膝を青くしない程度に楽しみたいと思っている。

人生を楽しむか、修行と捉えるか。チャレンジをするか、はたまた何事も穏便に過ごすか。読者の皆さんはどちらのタイプだろう。
私はワクワク楽しみたいタイプ。どんな些細なことでも、頭じゃなくて心で感じるドキッを見逃したくない。
さて、新しいフェーズに突入した私の人生。この先どうなっていくのか楽しみだ。

 


 

☆☆23 Goto温泉旅☆☆

先日友人2人と、Gotoを利用して県内の温泉宿に泊まった。
コロナ禍となってから、温泉も宿泊もずっと控えていたので、待ちに待ったプチ旅行だった。前日は遠足前日の子供のようにコーフンして寝付けず、浅い眠りを繰り返した。
結局4時半には起き出し、荷物の抜けは無いかとチェックを始める。温泉に入る為の準備体操もした。
今回の温泉旅メンバーは、同い年の3人組。40歳を越してから、仕事を通して出会った。趣味も性格もバラバラだが、会えば話が盛り上がる。いわゆる”気のおけない”仲なのだ。

ホテルに着いたら、『GOTOを使って予約しました!』と携帯画面を見せて無事チェックイン。
ちなみにここは、かつて鶯が身の傷を癒したと言われる温泉。最近ゆっくり休むという事も無かったので、温泉に浸かりながら深呼吸し、吸ってエネルギーを頂き、吐いて日頃のストレスを発散した。
水は心身を清め、山は溢れる力を分け与えてくれる。温泉につかると、そのパワーが体に漲る気がするので大好きだ。最近はGOTOキャンペーンを使って、結構な頻度であちこちに行っている人もいると聞く。岩手にはたくさんの温泉スポットがあるので、自分に合った温泉を見つけてみるのも楽しい。

温泉宿の夜はお部屋食。お酒も進み、とりとめもない話が続く。何でもないことで笑い転げる。それだけのことなのだけれど、コロナ以降、なんと大切な時間だったことか、と気づかされた。

震災の時も同じように思ったが、あの時は『みんなが大変!』だった。泊まれる状態の温泉宿は被災した方や復興支援の方を受け入れていたし、みんなの生活を元どおりにすることが何よりも優先された。
対してコロナ禍の中では、みんなの生活は一見何も変わらない。だけど、身を守るために行動を制限していたら、飲食業や観光業の皆さんが打撃を受けてしまった。

難しいことはよくわからないが、経済が回らないと、多分私たちはお給料がもらえなくなる。
手洗いうがいしながら、これからは温泉宿で定例会をしようじゃないかと話し合う。
そうして、3人の酔っ払いは、ホテルのふかふかのお布団でゆっくり寝たのだった。

さて、翌日。
飲み過ぎで『朝食は要らない』というNちゃんを置いて、遅い朝食を頂きに広間に行った。
ステージ前のど真ん中にお膳があり、なぜか2人で同じ方向を向いて座った。どんどん片付けが進む中、2人きりで、だだっ広い部屋で同じ方向を向いて食べる食事。その笑える光景を写真におさめ、部屋でグダグダしているであろうNちゃんに送る。
お互いに『ムフッ』『グフフッ』となりながら食事を終えた。

さて、このGotoだが、帰り際に秋田から訪れた老夫婦が『ネットの操作が出来ず、フロントで提示出来ない』とおっしゃっていた。
私達で代わる代わる操作を手伝い、ことなきを得たが、こういった事例はよく耳にする。高齢の方など、使いたくても使い方が分からない、という事も多々あるだろう。

もっと簡単に、沢山の方が利用出来る様にして頂きたいものである。ソフト面が整備されることで、『どれ、使ってみようかな』と思う人はきっといる。地道に経済を回して、このコロナ禍を乗り越えていくしかないのだ。


☆☆22 メイクと私☆☆

私はメイクが好きだ。
高校時代には、生徒指導の先生の目を盗んで口紅を塗っていた。突然の持ち物検査で見つかった時には、「このリップじゃないと荒れるんです。たまたま色がついているんですよ。」と言い訳をしたことはいい思い出だ。
都会の人なら「街に出て、プチプラの化粧品を買いに」となるのだろうが、生まれ育った街には(当時)そんな場所はなかった。母の化粧品でも借りるのが妥当なのだろうが、母はとにかく化粧っ気のない人だった。学校帰りの肉まんを我慢し、なけなしのお小遣いをはたいて買った口紅は、私の宝物だったのだ。

就職にあたっては、母の知り合いの化粧品会社の人によるセミナーがあった。
キラキラ輝くお顔と美しい指をしたお姉さんは、盛りすぎず派手すぎず、きちんと見えるメイクをわかりやすく教えてくれた。
にも関わらず、就職した私はすぐにやりすぎモードに突入した。

ビビットな真っピンクにとさか前髪、はっきりくっきりチークを入れていた、おてもやん。眉は本来の場所より随分上に書かれているので、眉の筋肉が下に盛り上がっていて二重に眉があるよう。当時の写真を見ると、懐かしさとともに恥ずかしさを覚える。当時たしなめてくれた母に「お客様に見られる仕事だから、ちょっと濃いくらいがちょうどいいのよ!」と息巻いていたのだが…。

転職もして気分を変えようとしていたころ、世は空前のアムラーブーム。乗らないはずがない。パールを含んだシャドウにベージュのリップ。読者の皆様も覚えがあるのではないだろうか。上に書かれた眉は剃り落とし、もはや何を基準にして書いていたのかさっぱり分からない。

結婚しようが、子育て中であろうが、私のメイクへの情熱は消えることなく燃え続けた。
ここ最近は、詐欺メイクにハマっている。シャドウやラインを駆使して顔の形や印象まで変えるのだ。これまで培ってきた技を持ってすれば、二重のためのアイテープだって微細な切開ラインだってお手の物。マスクをつける機会の多いこの頃は、目元を強調したり輝かせたりするだけで、明るい印象を相手に与えられるのでお勧めだ。
ただ、この歳になってもやっぱりやり過ぎる。その日の気分はマドンナ。マドンナになりたーいと、鼻の下に黒子を書いたが直ぐに顔を擦ったため、鼻下に「習字のはね」をつけて歩いた日。シェーディングとハイライトを入れすぎて、写真撮影で1人だけシマウマのようになっていた日。今でこそ「香月さんってメイク上手よね」と言っていただけるが、これまでの経験と失敗があってこその技術なのである。

初めてリップを塗った日から、もう30年も経つ。シワやシミだって気になるお年頃になってきたが、メイクによって自信が持てる場所が一つあるだけで、自然と顔が上がるようになる。顔を上げ、背筋を伸ばして生きていれば、内側からの光でより輝いて見えるはずだ。
できる手を打ちながら、素敵に年齢を重ねていけたらいいな、と思っているのであります。

 

 

 

☆☆21 占いって面白い☆☆

世の中の女性たちは、占いが好きだ。
「それ系はちょっとね」という人でも、テレビで占いランキングをやっていたら何となく観てしまう。そして今や占いの番組があったりするので
需要はあるようだ。
私は占いが好きな方で、手に新しい線が現れた時などは、携帯で手相占いを検索する。それが一攫千金の線だったとしたら、宝くじ神社に出向いてしまう。

女性は一生のうちに、たくさんの決断を迫られる。人生の帰路に立たされた時、「もー占いで決めるっ」と、頼りたくなる時もある。決断力が無いわけではない。背中をちょっと押して欲しいのだ。

さて、私自身の話。
今年は何となく運気が良い方に変わってきている気がしていた。今年から運気急上昇!みたいな文句を期待して本屋さんの占いのコーナーに行き、細木数子の占いをめくってみた。
『今年から3年の大殺界に入りました』
……え?
まぁ、そういう占いもあるんじゃない。と、他の本で見てみたら、そちらも同じ様な事が書いてある。いわく、ここから3年はじっと身を潜め、決断は避け、押し寄せる苦難をひっそりと待たないと、今後の人生が急降下するらしい。
私が3年間も大人しくしていられる訳がない。3年修行する運命の渦に巻き込まれたとしたら、やる気やらエネルギーは消え失せてしまうだろう。どうにか気分を上げてくれそうな事が書いている、他の占い本を探してみる。

そして見つけたのが「しいたけ占い」だ。
しいたけを焼いた時の加減や、あなたはなめこタイプとか、エリンギプラスですなど色んなキノコに分類するものではない。「しいたけ」という作家兼占い師の方の12星座占いだ。
しいたけさんよると、2020年の下半期は「真剣に、遊びながら、これからの正解をつくっていく。激動の2020年下半期が始まった」だそうだ。
やる気が湧いてくるようなお言葉ではないか。しいたけ先生は作家だけあり、語彙が豊富で、私のやる気を見事に引き出し、優しく背中を押してくれた。「激動の波に乗れってことだ!やはり、このまま行こう!」
マスクの下でニヤリと片方の口角を上げ、目を爛々と輝かせて本屋を後にした。

運命、性格、相性と、人は迷いながら生きているので、指針が欲しくなる時もある。
ただでさえ不安が募る現代。先が見えなくて誰かに相談したくなる時も多いのではないだろうか。
そんな時に、『この先3年は色々落ち込むし、悪い事ばっかりあるよ』と言われたら悲しい。もしそうだとしても、呪いがかかりそうな怖い言葉ではなく、「もったり期」とか「ゆったりしてね期」とか「お気をつけ期」など、ちょっと柔らかく表現して欲しいものだ。

体と心はヨガで鍛えて、免疫力と気力を蓄える。心ないデマや噂を必要以上に恐れない自分を作ろうと思う。
そして、こんな時代だからこそ他者への思いやりと優しい言葉を忘れずに生きたい。
あなたの運気は、最近いかがですか?もし、もったり期に入っているのなら、一緒に激動の波乗りを楽しんでいきましょう。

 

 

 

☆☆20トワイライトゾーン☆☆

梅雨が明ければ、暑い夏が待っている。
夏を涼しく過ごすためのアイテムといえば、スイカ、かき氷、海水浴。でも、私の場合は…やっぱりオカルトだ。

知ってか知らずか、私に不思議体験を教えてくれる人も多い。話を聞くときは頭の中に、昔懐かしのトワイライトゾーンのテーマ曲「シドシソ シドシソ♩」が流れる。
今回は皆さんとも涼しさを共有しよう。

霊感の強いAさんのお話。
ある日Aさんは、お母さんと一緒に中古品屋さんに立ち寄った。

その中古品屋さんの二階には、沢山の人形が所狭しと並べてあった。Aさんは気持ち悪がって直ぐに一階に降りたが、お母さんは二階をまだ見ていた。そこで沢山の人形がある中、一体の日本人形だけ首がなぜか、うなだれて下を向いていた。お母さんは下からその人形の表情を覗き込むようにかがんで見たのだそうだ。
さて帰ろうかと、Aさんがお母さんと合流すると、お母さんを黒い影が包んでいる。そして「首が痛いの」と下を向く様子は…そう、日本人形と同じ姿。「連れてきたでしょう!」と、とにかく家に連れ帰り、大量の塩をお母さんにふった。すると、影は消失し首の痛みも消えたらしい。

なぜ首が曲がった人形が中古品店で売られているのか。人形は一体どこからきたのか。Aさんがいなかったらお母さんはどうなっていたのか。気味の悪い話である。

お次はYさん。観光で、青森の恐山に行く為車を走らせていた。恐山に近づくにつれ、「霊場」と呼ぶにふさわしい河原の景色が続く。
ところで恐山付近は、有毒ガスが発生している箇所もあり、「近づくな、危険」の看板があちこちに立っている。そんな河原で、Yさんは子供が一人でいるのを見た。そのまま通り過ぎたのだが、よく考えたら有毒物質が発生しているかもしれない河原に、一人で子供がいるのはおかしい。ちょっと戻って河原を見たが、もう見当たらなかった。
よくよく考えてみると、服装も不思議だった。あの子が履いていたのは短パンで、そのうえシャツをインしていた。今時はハーフパンツが主流で、あんな昭和の短い短パンを履く子はまずいない。
あの子は一体何だったんだろうと、後になってゾゾっとしたのだそうだ。

このYさんは、別のエピソードも教えてくれた。昔旦那さんとケンカして家出をし、ある宿に泊まった。
部屋で一休みしてお茶を飲んでいたら、誰もいないのに自室のトイレの水が流れる。5分に1度くらい流れる。ホテルの方を呼んで見てもらうと、トイレのセンサーに手をかざしては流す、を何度か繰り返し…「『何か』に反応しちゃってるんですね」と言い、そのまま立ち去っていったという。
『何か』って何なのよ!と怖くなっていたら、また水が流れたもんで、たまらずお家に逃げ帰った。「ちょっと聞いてよ!」と旦那さんに話しているうちに、仲直りしましたとさ。

取っておきの怖い話を教えてあげる!という人もいたが、岩手の有名心霊スポットの話という為、聞かなかった。悲しい歴史のある場所のエピソードは、エンタメにはならないと思っている。ただのオカルト好きにも、ちょっとだけ矜持はあるのだ。

夜に様々な話を思い出しながら書いてしまったので、昨夜は恐山の短パン少年を思い出してしまい、「後ろにいませんように」と願いながら顔を乱暴に洗って寝た。
明け方トイレに行った後、洗面所の鏡を見てゾッとした。
乱暴に顔を洗ったので、アイメイクが流れ、目の下が真っ黒になっていた。
人形より少年より、自分の顔が一番怖かった。
「シドシソ シドシソ♩」

♡♡19ちょっと「アウト」な女♡♡

 

久しぶりに好みの映画に出会った。

題名は、『愛を綴る女(原作/祖母の手帳)』という。主人公は、常に理想の男性を追い求めすぎるが故に、精神的に不安定な女性、ガブリエル。とにかくこの女性の妄想が凄まじい。

序盤のエピソードからしてすごいのだ。主人公は、学生時代には地元の教師を好きになり、これでもかとばかりアプローチする。

そして、ラブレターを強引に渡す。1950年代、今に比べればかなり保守的な雰囲気も強かったであろう時代に、彼女の書いた詩はかなりキワドイ表現を使った性的な詩であった。

受け取った教師は読んだ瞬間、「止めなさい。君はおかしい。」と拒絶。愛が受け入れられないとなるとヒステリーを起こして走りさり、翌日ズタボロ状態で畑で発見される。

なんというエキセントリック。普通ならちょっと引いちゃうエピソードなのに、…ちょっとだけ共感してしまう自分がいる。

私は、小学生の時から惚れっぽく、妄想も激しかったように思う。

少しちょっかいを出してくる男子がいようものなら、「好き。結婚したい」と思っていた。

中学の頃は、隣のクラスのカッコイイ男子を見つけて好きになった。

ろくに話もした事はなかったが、グラウンドの隣同士で練習していた部活中は、しょっちゅう彼を眺めていた。そのうち何となく彼がグランドの向こうから視線を送ってきた(全くの気のせい)。目が合ったと気付いたとき(完全な思い込み)は、「付き合うことになったら、友達にどう伝えたらいいかしら」なんて事で頭を悩ませた。思春期とはいえ、かなりアブナイ方向性である。

この話には続きがある。無駄に行動力のある私は、彼の誕生日にプレゼントを用意し、告白するという暴挙に出た。思い返していただきたいのだが、彼と私はろくに話もしたことがないのだ。案の定フラれてしまった。

私の場合は、翌日に畑でズタボロで発見されることもなく、彼への思いを引きずることもなく、次の恋へと向かった。切り替えが早いのはこの頃からかもしれない。

また、ある時はカッコイイ男子が、実家の目の前の公園でサッカーをしていた。彼の姿をもっとよく見たい、と思った私は、部屋を暗くして双眼鏡で覗いていた。しかも二段ベッドの上に乗り、カーテンの上の隙間から見ていたという事を思い出した。

大人になってもやっていたら「アウト」だろう。

思春期の恋愛に関する「アウト」なエピソードは、皆さんもお持ちなのだろうか。機会があるなら自分以外の「アウト」も覗いてみたい。

さて、冒頭に紹介した映画は、ガブリエルが無理やり結婚させられた男性とのハッピーエンドで終わる。驚きと、感動と、切なさを感じるラストである。

ガブリエルの妄想は、かなり周りの人を巻き込んで、混乱させた。やはり妄想は誰にも知られず一人で楽しむから楽しいのだ。

私は最近、もっぱら竹野内豊と一緒に料理をするという妄想に取り組んでいる。意外と不器用なところもある豊さんに対し、「もう、しょうがないなぁ」と華麗な手捌きを見せると、あのいい声で「やっぱり梨沙はすごいな」と褒めてくれるのだ。やる気アップでみんな幸せ、である。

どこぞの芸人さんみたいに周りに迷惑をかけない、健全な妄想が一番なのです。


♦♦18 変化♦♦

新型コロナウィルス感染症が猛威をふるっている。

幼いころから大好きだった、志村けんさんの訃報は衝撃的だった。知っている人がこうも簡単に命を奪われてしまう。未知の感染症の怖さを改めて感じた。

また、「もし自分がかかったら」という心配もある。かつて喫煙者だったことが、悪いように作用するかもしれない。隔離されてそのまま死んでしまったらどうしよう。遺される家族達はどうするだろう。そんな心配をしながら、とりあえずは見られたらまずい写真やアレコレを処分した。

私の仕事も、2週間前からテレワークの指示が出た。

テレワークは初めての経験。家の中がとにかく気になり、休憩時間を使って進める、断捨離、排水溝の掃除、風呂のカビ取り、百均グッズでプチリフォーム。そのため、家に変化があると、いろいろな意見が飛び交う。断捨離や掃除はおおむね感謝で受け入れられるのだが、問題はリフォームだ。

『窓に模様があったらカーテンが必要ない。スペースが広がっていい!』と、リビングの窓に目隠し用のフィルムを張り付けた。すると家族から「いかがわしいホテルみたいだからやめてほしい」と言われ、ぶつぶつ言いながら、その日の内に剥がすことになった。

オンラインでの会議や飲み会の為のための背景作り。シンプルに壁を背景にするか?自分が寛げるようにソファの方が良いか。ルームライトが映り込む角度にしたい…など、欲求は限りない。これも、家族からは「写らない所もちゃんと片付けて。」だの、「オンライン飲みは自分たちがうちに居ない時にやってね。」と注文がつく。

家族が一緒に過ごす以上、環境整備の方向性は協議したり譲歩したりしなければいけない。これは、普段家にいない時間が多かった私達家族にとって、新しいタスクだ。結果的に会話が増えたのは、良い傾向だ。

テレワーク中は、テレビをつけていても自由である。最初のうちは朝から晩までTVを着け、新型コロナウイルスの報道を見ていた。でも、今はもうやめている。段々と心が疲れてくるのが分かったからだ。

ワイドショーでは、コメンテーターが恐怖心をあおる言葉をずっと言っている。一部の心無い人の行動を大きく取り上げ、感染拡大の犯人に祭り上げようとするかのような報道もあった。

「大勢の人が見ているのに、もっと為になることを言えんのかっ。」怒りが湧いてくる。今回の事態によって、人としての本音が明るみになった気もする。

自分はどう向き合うのか。自と他のもしかしたら短いかもしれない人生をどう送るのか。

朝起きて普通に息ができること、家族と何げない話ができること、美味しくご飯が食べられることは、すでに奇跡なのだ。崇拝する神はいないけれど、「いまあること」に自然に感謝するようになった。
健康を大事に、そして一日を大切に生きようと思う。


♦♦17直感で生きてきた女、あやうし♦♦

先日行った講習会でのこと。

「感情に流されて意思決定してはいけない」というようなことを言われた。
ハッとした私。

なにせこれまでの人生『私は直感を信じて生きている』と言ってきた。その瞬間にひらめきが降りてきたんだ!と思っていたけれど…目の前の欲望に左右されていたと言えなくもない。

とにかく、やりたいことがあると、我慢ができないのだ。

子供が生まれた時には「これだ!」と思って英語教材セットを買った。今、成人した子どもたちは特段英語に長けているわけではない。

ほとばしる情熱を表現したい!と始めたフラメンコ。靴を買い、ドレスを買い、情熱が抑えられず妊娠中にくるくる回りすぎてめまいを起こし、ドクターストップがかかって以来踊っていない。

黒歴史だが、怪しげなネズミ購に引っかかりかけたこともある。それが手だと今では理解しているが、「お金ももらえるし、とってもいいものなのよ!」と言われると、おお!これはみんなに広めてあげよう。と思ってしまうのだ。幸い良識ある家族より「そんなら世の中みんな金持ちになっとるわ」と言われ我に返り、世間の信用を失う事は避けられた。

どうも、冷静に判断する前に、感情の高ぶりによって動いてしまう性質らしい。

講習会の後、一緒にお茶を飲んだAさんには、「それはいけない。克服していくことを祈っているわ!」と言われてしまった。側から見ると、かなり危なっかしく見えているのだろう。

でも、直感で生きてきて、人間関係においてはかなり助けられてきた。「この人素敵だな!」と思った人についていくと、いつも素晴らしい学びがあった。

このエッセイもそう。

岩手での女性の活躍の場が増えて欲しい!という考えに同調して活動を始めたが、そこからどんどん広がる人間関係で、人生が豊かになっている。

こんなふうに歌いたい!と始めたゴスペル。出会った人たちと努力を重ねて、今やライフワークになっている。

考えてみて分かったこと。

直感で生きることは、いいことばかりではない。

これまで「とりあえずやってみよう!」というチャレンジ精神でやって来たが、年を重ねるに従って、先を見る力や冷静な判断力が必要になってくるのだろう。

直感とは今までの自分の経験からとっさに判断している事だという。そして、似通った言葉にインスピレーションという言葉もあるが、こちらはひらめきとか第六感など霊的な要素を含んでいる。

…直感?インスピレーション?最後はそれらに委ねて決断してきて、この中年期がなんだか面白くなってるのは確か。

あれ?

振り返ればそう悪いことばかりでも無い感じ。

持ち前のサービス精神が顔を出す。「そんな人がいても世の中面白くない?」

ああ、Aさん、克服への道はまだ遠そうです!

♦♦№16 夢を叶える女達♦♦

2018年に、起業に向けて頑張る女性たちのグループを発足させた。

始めは、起業セミナーで出会った気が合いそうな4人でのスタート。たまに飲み会をして楽しみましょう、という程度のものだった。

あれから1年半。徐々に人が増え、今では20人以上の集まりになった。2ヶ月に一度ほど、公共の施設を借りての異業種交流会や、情報交換会、メンバーによるプチセミナーを企画している。

名前だけは大仰だが、自由に集まって自由に語り合っているので、話が脱線して何の話だったか分からなくなる事もしばしば。
それでも、その時によって、まったりしたりみんなではしゃいだり。

「どうしよう?」と声を上げればアドバイスやアイデアが貰えるし、「何だろう?」と声を上げれば他の誰かが答えを知っていたりするので、このゆるいスタイルが好きな人には重宝がられている。

この度、起業を目標にしてきた同志がまた一人、お店をオープンさせた。長年あたためた想いが込められた、ノルタルジックな雰囲気で居心地が良い、こじんまりとしたカフェだ。

ここをオープンさせたCさんに、起業ノートを見せてもらった。

2008年から始まったノートに綴られていたのは、店を始めるまでの12年間の、長い長い試行錯誤。

一度は諦めようかと思ったそうだが、グループに参加して刺激を受け、「やらないと一生後悔する!」と覚悟を決めたのだという。

これで、起業に至ったメンバーは約半数となった。

本当に皆、イキイキと輝いている。その溢れんばかりのパワーから、毎回たくさんの刺激をもらっている。

さて、二次会は飲み会だ。

側から見たら、「何の集まりだろう」と思われること必至の、年齢もファッションも様々な仲間たち。だが、思いを同じくして集まっている。

オーラが見える人がいるとしたら、皆同じような真っ赤なオーラをまとい、テーブル全体が燃えているように見えるだろう。

エネルギーは伝線する。

メンバーに会う度に元気を貰え、新しい発見にハッとさせられる。

先日もこの会に出席し、Nさんの一言に心を揺り動かされた。

「ヒントは自分の中にあるのではなく、人から貰うものね」

自分では教えているつもりでも、気がつけば生徒さんやお客様に教えていただいて気がつく事が多々ある。そんな経験が、言語化されて腑に落ちた。

きっと今後仕事をしていく上で、大切な道しるべになるだろう。

今日も、仲間達に感謝。

2020年、さぁ、今年は誰がこのグループから翔び立って行くのだろう。

♦♦№15 2020年ドッペルゲンガー事件♦♦

先日、前職の同僚と2年ぶりに会い、うまい酒とガールズトークを楽しんでいた時の話‥

私達二人の隣のテーブルにいた団体客の一人に声をかけられた。「どうも。直ぐ隣にいるのにご挨拶しないのもあれですから。」と。

その人は、先週あるお店の常連さん新年会でお会いした方。「また会うなんて奇遇ですね。」なんて話をしていたところ、話は思いもよらない方向に転がっていった。

男「こないだ◯◯でお会いした時も、みんなで楽しかったですね。」

私「‥?」

男「仙台でも駅前のお店に行きましたよね。」

私「?? 全く知らないんですが、何の話ですか?私は先週お会いしたのが初めてですよ」

男「う‥嘘だ。え?え?」

え?は私のセリフだ。「本当に知らない」という私にひどく動揺している様子は演技では無さそうだし、ナンパだとしたら少々年齢が高すぎる(私の方が)。

話を聞けば、彼は先週出会う前、あるスナックで私(にそっくりな人)と、その友人とその彼氏と、楽しく飲んだ。さらにその後も私(にそっくりな人)と仙台で偶然会って飲んだらしい。彼の中では、私はすっかり飲み友達。

男性は明らかに狼狽し、だんだんお化けを見るような目つきになってきた。
昔演劇をかじっていた私は、目をひん剥いて「私はお前に取り憑いた生き霊さ!」などと脅かしてみたくなったが、これ以上は可哀想だったのでやめてやった。

そっくりと言えば、最近のアプリには、自分にそっくりな芸能人をAIが教えてくれるのがある。

やってみると私は、黒木華、小雪、永作博美、小島瑠璃子、北川景子に似ているらしい。5人の芸能人達の顔は似ても似つかず、個性豊かな面々である。

これは私の推測だが、この手のアプリは、みんな「キター‼」と満足する芸能人が出てくるまで何度もやるのではないだろうか。正直私も黒木華が出た時には「え、私もうちょっといけてると思ったんだけど」とやり直してしまった。するとAIは、ちょっとでもかする顔の芸能人をこれでもかと頑張って出してくる。

私はちなみに5回ほどで出てきた北川景子で満足し、保存をして止めた。

さすが学習能力抜群のAIは、人間の事をよくわかっている。

さて、前述のそっくりさん騒動には3つの可能性が考えられると思う。
①男性は、呑んでる時に出会った人を全員同一人物だと思う癖がある。

②盛岡・仙台あたりを生活圏とする、私にそっくりな人が本当にいる。

③私のドッペルゲンガーが現れた。だ。

オカルト好きとしては、③のドッペルゲンガーに大変興味があるが、出会ってしまったら死んでしまう。悩ましいところ。

②ならばぜひ会ってみたい。が、盛岡に北川景子が2人もいるならば、もう話題になっていても良さそうなのだが。

①は最も無難な選択肢だ。彼の中でだけオカルト度が急上昇しているのが羨ましい限り。

読者の皆様、盛岡で北川景子を見かけたらご一報くださいませ。寄せられた情報を分析してみましょう。その北川景子は、私なのか、私のそっくりさんなのか、それとも…

♡№14 母の心理♡

娘に彼氏が出来た。

明日は、デートらしい。

 

彼との待ち合わせの場所と時間が、私の友人との待ち合わせと一緒だった。

これはチャンス!私はいつもの好奇心と、ちょっぴり複雑な母心が顔を出し、娘に言った。「どれ、ママが彼氏を見てやるぞ!」

当日。私の友人が到着した方が早く、娘は言った。「あー良かった。うるさいおばさんに見られなくて」。

 

渋々、迎えに来た友人と出発しよう…とすると、友人Jは言った。「梨沙、それは絶対見た方が良い。見ないときっと後悔する。どんな彼氏なのか確認するんだ。おらなら、息子が彼女と会うなら絶対見る!」

Jは5歳の息子がいる。その息子が彼女と言っても遠い先のことだろうが…ものすごい剣幕で語るJに気圧され、結局2人で車の中で待機する事になった。

 

さて、約束の時間から5分過ぎて一台の車がやってきた。男は店の駐車場に車を入れた。だが、降りる気配はない。

Jが、「あれが彼氏に間違いない!」と言った。勢いとしては、「あいつがホシだ!」と叫ぶ刑事である。

彼は窓に肘をついて携帯をいじっていた。「せっかく今から彼女が来るのにあの態度はねーな」とJ。私も「付き合ったばかりのデートならもうちょっと緊張感というか、ワクワクしてる感じが欲しいよね」と同調。監督達が役者に口を出し始めた。

 

そこからおばちゃん達の話はさらに悪ノリしていく。

パチンコ屋にいそうだ、深夜のドンキにいそうだとか、ポテチが似合うとか、自分を棚に上げて散々だ。

しかし娘もなかなか姿を現さない。

「待たせる女も女だな。親の顔が見てみてぇ」とJ。「私だ」「お前だ」などとコントのごとく車中は盛り上がる。

 

男が到着してから10分後、待たせた女(娘)が登場した。嬉しそうにバタバタ走って来て、脇目もふらず助手席へ。

乗った途端、彼女は男にプレゼントを渡した。それをなんと彼は目の前で開けずに後部座席に置いたのだ。

それを見たJ探偵は「ありゃねーな」と断言。私もなんだか悲しかった。プレゼントは目の前で開けて貰って、反応を見たり、感想を聞いたりしたいものではないか!

 

「まったくどういうことだ」と言い散らかしながら、「でもそれをじっくり隠れて見てるオラ達も、オラ達だな。」という結論に達し、出発したのだった。

 

ところで、2人の子供も成人してみて実感していることがある。「息子の彼女より、娘の彼氏の方に妬く。」世の先輩ママさん達が語っていたのを聞いてまさかと思っていたが、自分もそうだった。

 

その心を考えてみた。

もしかすると、娘をいつのまにか自分に置き換えて考えているのかもしれない。そして、どんな人にも少なからずある「ああすればよかった、こうすればよかった」という思いを娘に託そうとして、つい目が厳しくなるのでは。

手塩にかけた娘には、相手をちゃんと見定めて(私も見定めた上で)幸せになって欲しいという願いも入り混じっているのだろう。

 

娘に、「あの後、彼氏を見たよ」と伝えてみた。返事は予想どおり「やだ〜!なんなの⁉怖いからやめてー!」だった。

 

だよね。ちょっと反省。

 

親の心子知らず。子供は子供で、親の姿を見て正しく成長していると信じるしかない。

今日も、娘に恥じない背中を見せられるよう、堂々と生きていくしかない!


○№13 冬を元気に乗り切る秘訣!○

冬真っ只中、12月。
『いつでも元気印!苦手なものなんて何も無い!!』という顔をしている私だが、実は苦手なのだ。冬の寒さが。
この季節の私のエネルギーは、夏の五分の一くらいになり、寒さに比例して気力も体力もやる気も萎んでしまうのだ。
岩手(特に盛岡)に住んでいると、寒さの厳しさを実感する!!タイヤの交換に水道管のチェック、毎年冬を無事に越せるかどうか冷や冷やもんだ。
寒さにこんなに弱くなったのは、いつからだろう。
子供の頃は、寒さなんか平気だった。小学生の時は、一年中半袖短パンで過ごし、校長先生に「うす着頑張り賞」を頂いた事もある(母親には、「ものすごい貧乏みたいだから何か着てくれ」と懇願されたが)。高校生のときは、潮風吹きすさぶ海岸沿いの道を、真冬でもスカートから生足を出して自転車ですっ飛んでいた。
それが今では、風呂から出たらヒートテックを2枚重ねてモコモコパジャマ。セクシーさよりも暖かさを求めた結果、ズボン裾は当然すぼまっている。
寒さに弱くなったのは、比較的暖かい沿岸部で育ったからか。それとも単に加齢のせいか。
諦めて萎んでいるのは私らしくない。そこで、今年の寒さ対策は、ヨガの教えで乗り切ってみようとしている。

 最近私は、本格的にヨガの勉強をしている。体だけでなく心をも潤すヨガの奥義をマスターすれば、この極寒の盛岡の冬も活き活きと過ごす事が出来るはず!

 冬を乗り切るのにぴったりな生理的、心理的効果のあるヨガを実践してみよう。呼吸を整え、身の回りの自然を意識すれば…あら不思議、盛岡の寒さも愛せる気がする⁉︎

ヨガで体の歪みを取り除く事は心の歪みも取る。美しく整った姿勢は、冷たい風が吹いたくらいでは崩れない。そして心までも強くなる!
そして、ヨガは食生活やライフスタイルにも及ぶ。
食生活は旬のものを食べ、酸性・アルカリ性や陰陽のバランスが取れた食事が理想的。
あとは心の持ち方。ここが一番難しい。私はそもそも辛抱や忍耐が欠けているし、自分の収入を考えずに欲しがる心もある。意識して、自分で自分をコントロールすることも身につけなければ。
自分を律し、体をコントロールする。もし極めることができたなら、これは聖人誕生である‼️
…まぁ、まずは美味しい旬の物を食べる事から始めようか。
今日は芋の子汁と生姜ご飯。
旬の物を美味しく調理し、笑顔で食事をしていれば、それも冬を元気に乗り越えられる要素になりそうだ。
頑張ることも大切だが、無理もいけないとヨガの教科書に載っている。その辺りも忠実に実践しようと思う。
人生、どんな時でも楽しまなきゃ。萎んでる場合じゃない‼️
年末に向けて何かと気忙しい季節になります。特に女性はこの時期、何かと自分のことを後回しにしがち。すこーしだけ時間を取って、鏡に向かって「今年も一年頑張ったね」と言ってあげてくださいね。
みなさま、よいお年をお迎えください‼️


★★№12YOUは何しに地球へ⁈★★

友人S氏の話。

今から約20年程前。県南の、のどかな町での話である。

高校2年の頃、その日も友人の家で遊んだS氏。陽も傾きかけた17時30頃、最寄りの駅まで一人で歩いていた。駅まではおよそ15分。片側1車線の道を、のんびりと歩くS氏。

すると突然、空から空気を斬るような音が降ってきた。

何の音か考える間もなく見上げると、建物と建物の間に、いわゆる円盤型の飛行物体が、わずか20メートル上空をゆっくり時計回りに回転するような形で、エンジン音もなく静かに走り去っていった。

円盤型のそれを斜め下から見上げる形で、S氏はただ呆然とした。

S氏はそれまで感じたこともないような恐怖を感じ、駅にむかって全速力で走った。

S氏の記憶はここで途切れている。

次に気がついた時は、駅のベンチに座っていた。時計を見ると、1時間ほど経過していたらしい。

空白の時間、自分は何をしていたのか。どうやって駅に辿り着いたのか。そもそもあの円盤は何だったのか。今もって謎のままなのだという。

彼は大変真面目な性格で、人をからかったりジョークを言ったりする人ではない。だからこそ、この話は信憑性があった。

UFOや宇宙人に連れ去られることを、専門家(?)は『UFOアブダクション』と呼ぶらしい。オカルトも珍しい体験も大好物の私こそ、アブダクトされてみたいものだが、まだそのチャンスには恵まれていない。

なので、こんな質問をしてみた。

「その後、何か人生で変わったことがありましたか」

S氏はこう答えた。

「そういえば人生が好転したかもしれない。どうにもならない時にも不思議な力が働いてどうにかなっているかも。でも気のせいかもしれない」と。

今、S氏は、立派な使命を見つけ、人助けのための事業を起こし、奮闘しているところである。

また、このS氏から、「この話を知り合いの中で話したら、同じくアブダクション経験がある人に出会った」と言う。まだ取材はしていないが聞いた内容はこうだ。

名前をI氏とする。I氏の若い頃、アパートの部屋の外から急に強い光が差し込み、UFOが現れた。驚きのあまり動けずにいると、強い力でUFOに吸い込まれ…つまりアブダクトされたのだそうだ。

彼の場合は、その後の記憶もあった。UFOの中で、手術台のようなものに乗せられて調べられ、何かを耳の後ろにはめ込まれた。その時の感触も、宇宙人の一人が指示を出していたのもしっかりと覚えているらしい。

S氏とI氏の話の中で、I氏から「S君も、もしかして耳の後ろに傷があるのでは?」と言われ、確認したところうっすら傷があったのだと言う。

私も半信半疑で見せてもらったら、傷のようなものはあった。

UFOの中で、何が行われているのか。何を埋め込まれているのか。そしてその後の人生には何か影響しているのか。

ああ、気になって仕方がない!

ちなみに「もしや!」と思って自分の耳の裏を見たが、傷は無かった。

「見えないところに!」と思って娘にもじっくり探してもらったが、やっぱり無かった。

不思議体験は、やはり選ばれしものだけに与えられるのだろうか。少し悔しい。

私はゾンビがダントツで好きだ。だが、S氏やI氏の話を聞いて、UFOや宇宙人のブームが自分の中でキテいる。

奥州市にある宇宙遊泳館で買ってもらった宇宙人ボールペンは、今や私の友達。いつも傍には彼が一緒だ。彼を使うと、心なしかペンが走る気がする。この秋は、書き物の秋にできそうだ。

さて、読書の秋、芸術の秋、宇宙の秋。秋の夜長に読む本が尽きたら、矢追純一の著書や、月間「ムー」などはいかがだろう。

不思議世界にどっぷり浸かっていれば、少しは宇宙人も興味を持ってくれるかしら…?


★★No11 初めての私現る!★★

初めての私現る!

以前私の天パ事情をお話ししたが、今回は深まりゆく秋と共に、よりディープなヘア事情について話そうと思う。

この度、初めてVIO脱毛をした。

VIOとはつまりおまたのこと。Vはアンダーヘアの三角地帯。Iは足の付け根の陰部の両側。Oは肛門周りだ。

そんなところを人様に見せて、しかも脱毛?!と思われる方もいるのではないだろうか。しかし、アメリカでは男女共にハイジニーナ(ノーヘア)が6割。「処理をしてないなんて信じられない!」という感覚らしい。

ちなみにハイジニーナとは、英語のhygiene(意味:衛生)を元にした和製英語だそうで、日本ではアンダーヘアを全てなくす意味となっている。

また、この部分の痒みは毛が原因の事がほとんどなのだそう。アメリカ留学中に下の毛を全て脱毛した友人は、とても満足げに「生理中もすごく楽」と話していた。

この辺りは、日本はまだまだ発展途上。でも、聞いたり調べたりする度に、ずっとやりたいと思っていた。

手頃な料金システムで、しかも親切な施術師さんのいるサロンとの出会いもあり、満を持してVIO脱毛にも挑戦!となったのである。

さて、ここで選択しなければならない事がある。

前のV部分まで全て無くするハイジニーナにするか、残す場合はデザインをどうするか(ちなみにデザインは小さい三角、ハート、Iなど)。

参考までにご紹介すると、ハイジニーナを選ぶのは全体の2〜3割。中でも20代、50代は全て無くす人が多いとのこと。

理由は、20代は「残す意味が分からない」という世代的(?)な理由。50代は自身が親世代の介護をした経験から、お世話する時に毛が邪魔になるのが分かっているから。将来のための思いやり脱毛と言っても過言ではない。

私は、、、今回はまずハイジニーナに挑戦。理由は面白そうだから。

施術はピカピカ光るフラッシュみたいなのを当てて行われる。昔と違って全く痛みがない!何度か寝てしまったくらいだ。

施術が終わりバスタオルを取ると、そこには初めて見る光景が。。下がつるり〜

普段と違う光景にドキドキ💦正直焦る。

これで温泉行ってもいいのかな。

でもやっぱり面白い😎友人にはさすが梨沙とウケも狙えそうだ。

脱毛は一度で終了するわけではない。皮膚の下にあった毛はまた生える。2週間後に、今回の照射でダメージを受けた毛根から抜けてくる。それでもまだ毛根は諦めない。もう一度毛を生やそうと頑張る。

ここからまた照射を繰り返し、毛根に「あなたは毛を生やせませんよ〜」と教え込むのだ。

何度繰り返すと生えなくなるかは、個人差がある。特にV部分に関しては、「このくらいの薄さで充分!」と、途中で程よく残す人もいるらしい。施術師さんに、『次までに、完全に無くするかどうか考えておいてくださいね』と課題を出された。

改めてツルツルを見て、ふと思う。IとOは別として、この部分が無いのって違和感があるかも。慣れないだけか?

温泉の時は?婦人科検診では?何かの拍子でステキな出会いがあったら?ちょっと変な性癖があるんじゃないかと引かれるかもしれない…

でも、水着の時は絶対に楽!生理中も楽になりそう!蒸れることもない!出会いがあったら、相手と一緒に新しい扉を開けばいいかも。。

表向きの自分を残すか、ありのままの自分を出すか?!

あなたならどうする?

 

 

★★№10 ビアンバー体験記(後編)★★

Lの世界(後編)

Lの世界(前編)から続く

さて、いよいよ人生初のビアンバー(レズビアンバーのこと)ヘ。このドキドキは4階までの階段を登ったせいか、ワクワクのせいか。

鼻息を荒くして扉をあけると、「ガ、がいこつぅぅ」ネクタイを締めハットを被ったシルバーのガイコツがお出迎えしてくれた。

こじんまりとした店内を遠慮なく眺める。暗い照明は真っ赤に塗られた壁をさらに深い真紅に魅せる。照明から、絵画から、家具にいたるまでなんだか魅惑的で官能的。

カウンター席に座ると、人懐こい看板ネコがすり寄って来た。名前は「だいふく」。

なんか落ち着く。なんたって、座ったカウンター席の目の前にはゾンビの本、オカルトの本!私が大好きなジャンルの本がたーくさん!(エッセイNo.7参照)

NANA」の登場人物に出てきそうな、ママと呼ぶにはまだお若いパンク系メイクの綺麗な店長さんに、「私は歩くゾンビがタイプなんです。」と話しかけ、色々お話し。

お店では、以前オカルト好きのためのイベントや都市伝説を語るイベントもあったそうで、逃した事に地団駄を踏んだ。

一緒に来たBはといえば、お店のイベント情報を聞いたり、新たな出会いの場をリサーチしたり、こちらも充実した時を過ごしたようだ。

さて、前回も触れた、『ネット上で女性を装ってビアンに接触してくる男性』について。こういう輩を「ネカマ」というらしい。ネカマの目的は知らぬが、大抵の場合、稚拙な会話と違和感で気づくものなのだという。Bはそんな時の確認と撃退方法も心得ている。彼女はとても賢い。だが、出会いに焦りすぎて判断力が鈍っている人だったら?考えるとゾッとする。

「みんな本当に出会いたくて参加しているのに」とB。ネカマへの怒りがフツフツと湧いてきたが、人を不快にさせること自体が目的かもしれんからとなだめられた。なるほど、思うツボにならないようにしないと。

こういった輩がいるので、ネットコミュニティを利用する時は用心だ。

12人に1人いると言われるLGBTQAB型の割合とほぼ一緒。そういえば母のいとこは昔ながらのオネエ。東京の歌舞伎町でお仕事していたらしい。

性的嗜好を話す事に寛容ではない日本。ビアンであることを、堂々と公言できない風潮はある。

だが、セクシャリティは多様なものなのだ。一言でノンケや、ストレートと言っても、その中でさらに性的嗜好も様々ある。私は男性の方が好きだと思ってきたが、『女性なら男性を好きになるもの』という固定観念から、そう思っているだけなのかもしれない。

世間では少しずつ、セクシャリティについて触れられる機会が多くなって来た。「自分はこういう人間です」という主張を、偏見も批判もなく、ありのままを受け入れる世の中になっていきますように。

ところで掲載して欲しいと言うので、掲載します。後ろ姿です。ボイ気味の中性タチ、タイプはフェムさんです。

写真はBと訪れた今回の店で、撮影したものです。

★★№9 ビアンバー体験記(前編)★★

先日、ビアンバー(レズビアンバーの事。ちなみにレズビアンはその世界では差別用語になるのでビアンと言う。以下レズビアンはビアン)に行ってきた。

「あー、行きそうだよね」と早合点してはいけない。初体験だ。

私は女性と恋に落ちたことはないが、ビアンの友人Bが「ぜひ一緒に来てほしい」という事で、興味津々で行ってみた。

Bの了承を得て、というより書いてくれと言われ、その体験記をこのエッセイに書くことにした。だって、彼女も次の恋をしたくてキラキラ輝いているんだもの。Woman Gardenは、あらゆるキラキラウーマンを応援するのさ。

アメリカの人気ドラマで「L(レズビアンのL)の世界」というビアンの恋模様を描いた作品があった。登場する女性たちは、みんなおしゃれで粋。私はストレート(ノンケ)なのだが、「なんだかステキ💛」と思ったものだ。

しかし、現実世界はなかなか厳しい。Bによると、昨今の自由な風潮の中でも実際にカムアウトすると風当たりが強いことも多いらしい。

セクシャリティ(以下セク)を公表しないでいれば、男女間のように「職場の同僚と」とか「飲み会で意気投合して」なんてことにはなりにくい。

なので、ビアン同士が出会うのは、「ビアンが集う場所」が多いということになる。

友人Bは現在フリーで、早く彼女が欲しいのだという。でも、集いの場に一人で乗り込むのも気が引ける。

そこで、彼女のセクを知り、なおかつ面白そうなら何にでも顔を突っ込む私を誘ってくれたのだ。

自分を表現するこういう言葉がある。

フェムフェミニンから。見た目、服装が女性らしい

ボイボーイッシュから。見た目、服装が少年的、男性的

中性見た目、服装が女性っぽくもなく、男性っぽくもない

またセクに関して自分の性行為での役割を指す言葉として

タチ性行為で攻め

ネコ性行為で受け

リバ性行為で攻め、受け、どちらにもなれる

ビアンコミュニティでは、これらの言葉を用いて、自分のセクはボイタチ、フェムネコなどと表現する。

ビアンではない私がお店に行っても良いのかと伺うと、「この世界を理解する人はいいんだよ」とのこと。

昔から親父のエロ本を見て育ったせいか、性癖や性への偏見は無い。知らない世界のことを知りたいのが私。

うむ。遠慮なく行かせてもらおう。

こうして我々は雨の滴る週末に、早足でビアンバーへと向かった。

👻№8 ちょっとだけオカルト特集②

 

日本に丑の刻参りや呪いのわら人形があるように、世界にはその国ならではの呪いの方法が存在する。

南米の、とある国出身の友人から、昔実際かけちゃった呪いの話を聞いた。

友人リア(仮名)のお姉さんモニカ(仮名)は、ホセ(仮名)とお付き合いしていたが、ある時ホセに振られてしまった。しかもホセは、世の女性全てを敵に回す様な、一方的な別れ方をしたのだった。

愛する姉を傷つけた、憎いホセ!リアは、ホセにお灸をすえる手段として、『呪い』をかける事を選んだ。

呪いには様々なアイテムが必要になる。でも心配ご無用!彼女の国では、市場ですべて揃っちゃう(^_-)食品や野菜、洋服などを売るお店と並び、魔術やおまじないに使用するグッズ店が存在するのだそう。

そこで揃えた材料と、呪いをかける相手にまつわる物。これが揃えば完璧だ。

「相手にまつわるもの」は、相手の家に良く出入りする位仲の良かったリアにとって、入手するのは簡単だったらしい。どんなものが必要かは詳述しないが、「それが簡単に手に入るって、どういうこと???」と思えるものである。

さて、リアとモニカは、いよいよ呪いをかけた。するとホセは、みるみる不幸に見舞われた。新しい彼女との暮らしは破綻し、金は盗られ、職を失い、痔になり、車に引かれる。あまりの度重なる不幸ぶりから、ホセのお母さんは呪いの仕業と薄々感づいていたそうで、「お願いだからもうやめてあげて」とリア達に懇願する程だったそうだ。

ところが、呪いかければ穴二つとはよく言ったもので、リアはその後、彼に振られたり病気になったりと不幸が続いた。お天道様はちゃんと見ていて、人の道を外れた事をすれば、バチがあたるようにとプログラムされたのかもしれない。

私自身の話。

数年前、北上川の河原で不思議なものを発見した。フェルトで作った人形に名前が書いてあり、ブスブスと沢山の針で木に刺してあるのだ。

誰かを呪うためか、「木にこんな妖精がいたら可愛い💛」と貼り付けたのかは分からないけれど。一瞬ギョッとしたが、持ち前の好奇心でジロジロ観察してしまった。

これが、なかなかに可愛らしい人形なのだ。家庭科5段階評価の2だった私はまず、「この人形を作るのに、どんなに手間をかけたのかしら」と感じた。この手仕事をする位なら、素晴らしいハンドメイド作家さんになれるんじゃないかとも思った。

人間の怒りや憎しみなどの執念は、幸せのパワーより強いのかも。作品は怒りや憎しみと言う芸術家もいたり、事業を興すパワーにしたりする人もいる。

どうせならば、自分のため・自己表現のために手間暇をかけて、もっと自分を磨きたいものである。

件のリアは、今ではすっかり元気になり、輝く毎日を送っている。呪いの話ももはや、『自国の文化を紹介するのにちょうど良いエピソード』扱いだ。

河原の人形作家さんも、いつの日か呪いのパワーを昇華し、自分を輝かせて行けますように!

👻№7 ちょっとだけオカルト特集①

ストレスが溜まった時の解消法は人それぞれ。ウーマンガーデンの読者なら、取材したくなるような解消法をお持ちの方も多いのでは?
他人には理解されないのだが、私のストレス解消法は、今も昔もゾンビ映画を観る事だ。『ゾンビ映画が好き』ではなく、『ストレス解消法がゾンビ』である。
ゾンビとの出会いは、中学生の時。
街に唯一のレンタルビデオ屋さんには、数々のゾンビが並んでいた。私はそのパッケージにひどく惹かれ、「見たくてたまらない!」と、何度も母にねだった。
思春期真っ只中の中学生がゾンビ映画をねだるのは、どう考えてもヤバい。私のおねだりは幾度となく却下され、「サウンドオブミュージック」や「ローマの休日」のような、真面目な名作ばかりを見せられていた(まあ、これらも未だに好きなのだが)。
何がきっかけだったのか?母はある日ふと、念願の「死霊のはらわた」を借りてくれた。1人では怖いからと、年の離れた妹や母を巻き添えにして、毛布を被りながら観たあのトキメキは忘れられない。
昨日までの恋人が、ゾンビという意思を持たない化け物に変わり果てる。葛藤を抱えながら戦いに挑むヒーローと、愛する人の姿でありながら敵となってしまったゾンビ。溢れる哀しみ!どうしてこの良さがわかってもらえないのだろう!
わかってもらえないのは承知の上で、ゾンビ愛を語ろう。
私が好きなのは、ゆっくり歩くタイプのゾンビだ。バイオハザードのような、動きが機敏でアクション化しているものは好みではない。
ゆっくり近づいて来るにも関わらず、何故か不注意から毎度追いつかれる。一軒家に隠れ潜み、ソファーや食器棚でゾンビを遮断する。追い込まれながらも自分の安心出来る場所を確保する場面が好きだ。
ゾンビ好きなら誰しも考えるであろう、家の中にゾンビが入ってきた時の攻略法もちゃんと考えてある。一番いいのは屋根裏の収納だ。中古で買った我が家には、ちゃんと屋根裏がある。この家を選んだのは、実はゾンビ対策だったのだ(家族にも内緒)。
こんな事を書き連ねていたら、もう週末。今週も仕事頑張った。でもって、あんな事やこんな事もあり、ストレス溜まった!
今宵は、ゾンビ映画の巨匠、ジョージ・A・ロメロ監督の『Down of the dead』を観る事にしよう。
戦いと!葛藤と!愛が溢れるゾンビ映画。皆さまも、ストレス解消にいかがですか(^^)。

☆☆No6 天パとのつきあい☆☆

 あと二か月もすれば、悩ましい梅雨が来る。
「食べ物が腐りやすい」?「じめじめして鬱陶しい」?
 私にとって梅雨の悩ましさは、「髪の天敵」しかない。
私は、生まれたころから、筋金入りの天然パーマ。遺伝要素もかなり強く、母はお鍋でも洗えそうなスチールウール系天パ。後ろ姿が久米宏の伯母も、まるでこまめにパンチパーマをあてているかのよう。
2人とも、若いころには相当コンプレックスを感じていたようだ。ロングヘアに憧れていたのであろう。セピア色の写真の中では、母はサラサラヘアのズラをかぶり、伯母は常に極太お下げで写っている。
昨今では、『縮毛矯正』なる素晴らしい技術がある。私の美容室通いの計画は、この梅雨時期に合わせ組み立てている。タイミングさえ合わせられたなら、「どうだ、梅雨よ!天パよ!今年もお前たちに打ち勝ったぞ」というすがすがしい気分になれるのだ。
母や伯母に負けず劣らず、私だって思春期の頃は天パに悩んでいた。憧れの縮毛矯正という文化は中々地元に浸透せず、初めてかけたのは二十歳を過ぎてから。しかも仙台の美容室まで遠征した。ストレートの髪をゲットし、車窓の風になびかせた時の感動は今も忘れはしない。
それより前の時代はどうだったか。
高校時代はドライヤーを肌身離さず持ち歩ことで、なんとか凌いだ思い出がある。
問題は中学の頃だ。ドライヤーなど持って登校できるはずもない。この頃はたかだか36℃の手の熱で前髪をプレスする、名付けて手アイロンが主流であった。
当時は部活で髪をショートにしていたため、雨の日は最悪。モコっと膨れた前髪が後ろの髪に押し上げられ、ちょっとしたリーゼントパーマになっていた。
思春期の女子の心を察するすべなど持たない男子は、これをあろうことか「パンチ」と呼んだ。そんな男子を、 ホウキ片手に「なにを~!」と、追いかけていたあの日。
今でこそ良い思い出だが、当時は家に帰って泣くことだってあった。あの頃の悩める私に、『5年後には、縮毛矯正って技術が心を救ってくれるよ』と囁いてあげたい。縮毛矯正を発明した人には、個人的にはノーベル賞くらいあげてもよかろうと思う。
 さて新時代「令和」には、どんな発明がなされるだろう。
 伸びてくる髪も真っすぐに生えてくる、飲む縮毛矯正「根っから素直♡」なんて商品も発明されたりするかもしれない。明るい未来を想像して、楽しんでいる。
 新しい時代に期待しつつ、さて、今年もしっかりタイミングを合わせて縮毛矯正をかけてこよう。

♦♦♦№5 悪目立ちにはご用心!♦♦♦

 

何人かでふざけても、なぜかピンポイントで怒られてしまう人がいる。やってもいない悪戯の犯人として疑われた挙句、周囲にも「あー○○ならやってそう」と思われる人がいる。

私もそうだった。いや、現在もしかり。

行動が目立ち過ぎるのか、日頃の行いのせいなのか。どうもその手のエピソードに事欠かない。

社会人一年目の寮生活にて。

暮らしていた寮の門限は、夜10時。若者にとっては夜の盛り上がりはこれからという時刻。そんな時はどうするか?

同僚に、○時に帰るから鍵を開けておいてほしいと頼んだり、はたまた朝5時に玄関が開くので、そのタイミングで帰ったりした。先輩も後輩も、遊び盛りの女子らは皆そうしていた。

寮生活にもすっかり馴染んだある日、事件は起きた。土足で窓から侵入した泥靴の跡が、玄関にも二階へ上る階段にもバッチリ着いていた。

さすがに寮長の逆鱗に触れ、臨時集会の放送が入った。「犯人はお前か」と一人一人尋問された。自己申告制だったが、誰も「私です。」と申し出る者はいなかった。寮長の鬼の形相に、犯人も言い出せないだろうと、憐れに思っていた。

翌日、私の部屋をノックしたのは、他でもない寮長様。「土足で入ったのは梨沙ちゃんでしょう!!」

…いやいやちげーから。やりそうな顔に見えても意外とその辺はちゃんとしてるんだい!

と心では思ったが、真面目な場面で笑ってしまう癖がある私。犯人ではないと主張したが、寮長のあまりの刑事っぷりに笑いがこみ上げてしまった。吹き出すことは我慢できたものの、ニヤッとしてしまったせいで、寮長は私が犯人だと確信した様子。

何かにつけて責められたり嫌味を言われたり。肩身の狭い日々が続いた。

後日、犯人は同期の○○美と分かった。彼氏とデートだったらしい。しかも先輩に可愛がられていたので、特にお咎めは無かった。くそぅ、、お前のせいで。

ある年の忘年会では、上司達の替え歌を作って披露した。今なら逆パワハラで訴えられるような内容だったが、同期で考えた替え歌は受けもよく、大爆笑で幕を閉じた。

盛り上がりに気を良くしたのも一瞬。酒が抜けた職場では、「誰が歌の内容を考えたか」と上司が探りを入れはじめた。そして、「あいつではないか」という矛先はやはり私に、、

この件に関しては、わたしも替え歌作りに加担していたので弁解はしなかった。

でも、、みんなで作ったんだよう~!

やはり自分は、「何かをやらかしそうなキャラ」なのだと思う。

対照的なのは私の妹だ。要領が良いというのは彼女の事だと思う。彼女は、先生にも怒られた記憶があまりないそうだ。

しかも小さい頃から、「自分がこうすれば大人は喜ぶ」という事がわかっていたらしい。「エーッ!?信じられない。可愛くない子供だね」と妹には言ったが、「お姉ちゃんはむしろ、怒られに行ってるよね?」と返されてしまった。同じ姉妹で、どうしてこうも要領の良さが違うものか。長子と末子の差か、生まれついてのものなのか。

そんな要領の良さがあれば、回避出来たトラブルもあったかな。あれもそう、これもそう。。。

要領、さじ加減、良い塩梅、、この年になればそろそろ身についても良さそうだが。このペースなら、90歳位で世渡り上手になれるだろうか。いや…できる気がしない。

逆に、「あの婆様ならやりかねない」というキャラで生きていくのも面白いか。

世の中には、そんな存在も必要!…だと信じることにしよう。

 

 

♪♪No4「あなたもエプロンマドンナ」♪♪

 

あなたもエプロンマドンナ♫

あなたって、素敵だわ~

あなたっていくつなの~♫

土岐麻子の「あなたはマドンナ」。30年程前の化粧品メーカーのCMソングだ。

10代の頃はピンと来なかったが、キラキラウーマンが溢れる今なら、歌詞の意味がよくわかる。

この冊子に掲載されている女性達や、編集長の伊藤さんを思い浮かべてほしい。お歳が掲載されていたりすると、「えっ?えー⁈」と二度見することしばしば。

さて、彼女たちはなぜ輝いているのか。

仕事や生き甲斐、打ち込める趣味などを持つ女性達が一昔前より格段に増えた。ときめく毎日を過ごすことは、輝きを放つエネルギーになるのかもしれない。

昔は「お母さん」と言えば、クルクルパーマにエプロン姿。ちびまる子ちゃんのお母さんを地でいく人が多かった気がする。

嗚呼、エプロンで思い出した。数ある私の赤っ恥ヒストリーの1つをお話ししてしまおう。

あれは第一子妊娠中の夏。あまりにも暑かったので、ズボンを脱いでパンツいっちょうにエプロンをしめ、掃除機をかけていた。エプロンというのは不思議なもので、ワンピースを着ているような錯覚に陥る(私だけだろうか)。

そこにピンポーンと玄関のチャイム。にこやかにドアを開けると新聞の集金。財布を取りにクルリと後ろを向…いた瞬間に思い出す!今の私の後ろ姿は!

妊婦とは思えない素早いターン。動揺しながら「ちょっと、またにしてもらえますか」と、真顔で伝えた。

集金に来られた方は、気さくな態度が豹変した妊婦に驚いたか、振り向けば風通しの良すぎる妊婦の姿を見たか見ないか、微妙な表情でドアを閉め、帰っていった。

あの時はすみませんでした。

皆さんはそんなエピソードはないだろうか。(無いか)

話が逸れてしまったが、最近はエプロンをつけたまま買い物をする大仏ヘアおばさまも、あまり見かけない。みんなでエプロンをつける機会があっても、花柄シックあり、シンプル綺麗色あり。オシャレアイテムとして素敵に取り入れる方が多い。

外見が若いという事は、細胞も元気なのだとか。つまり、体内も若いという事。

エプロン1つでも、「つけて楽をする」のか、「元気で素敵な自分を表現」するのか。

自分を表現することを選ぶ女性がそれだけ増えたということか。現代の長寿社会にも納得である。

そして、心の風見鶏が体と同じ方向を向き、何かに打ち込んだり、ときめいたりする事が、キラキラウーマンへの近道なのかもしれない。

そいでもって、たまにパートナーの前で、家庭的なエプロンや割烹着姿でギャップ萌え。また、時々パン1エプロンで振り向いたりすれば、パートナーのハートの刺激となり、若返っちゃうかもしれない😎

💛💛No3「性欲と成功の正比例」💛💛

 

「英雄色を好む」と言うことわざがあるが、これは、女性にも当てはまる言葉だ。エロスは力の源、性欲は活力の素になる。

成功している女性にこっそりと、「あなたは自分で性欲が強いと思うか」と、インタビューしてみたい。かなりの確率で、「強い」と答えるのではないだろうか。

私は昔から、性に対しての興味が強く、探究しようとする面がある。まどろっこしいので直球で言うが、性欲が強いのだ。

それを恥じてはいないものの、「私はテニスが好きです」と言うように、誰彼と公言するものでもない。

でも、時代はどんどん進んでいるのだから、エロスの部分ももう少し先進的になっても良いのではないかと思う。

瀬戸内寂聴先生は著書の中で「芸術はエロスから発生したもの。人生から性を差し引いて、なんの生きがいがあろうか」とおっしゃられている。また、「思考は現実化する」のナポレオンヒル博士は、性エネルギーを上手く転換した偉人を数多く挙げている。

樋口一葉やキュリー夫人はそのエネルギーを見事に集中力や創造力に転換したのだそうだ。自分が亡くなってから暴露され、あの世で赤面しているかもしれないが。。。

今の世の中、持って行き場のない悶々としたものをどうしたら良いかと思う女性もいるのではないか。

性欲はエネルギーとして火力発電や風力発電のように転換出来るらしい。心理学的には、昇華、という。

これらの知識を得て、私も、意識して転換してみた。まだ半年ほどだが、仕事や夢への原動力になるのをここ数ヶ月で実感している。性欲そのものを活かすのではなく、性欲のベクトルを他に振り分ける、というイメージだ。

目標に近づくための一歩を踏み出した。創造力も増し、将来の展望や計画も集中してできた。

持てるエネルギーは活かすべき。「恥ずべき思い」として封印している女性がとってももったいない。

女性の力の源として公言できるような、そんな世の中になったらいいのにな!

 

★★★No2    「今年こそは」★★★

 

さぁ新年!やれ新年!とヽ(´▽`)/

初詣や書き初めは、新年の抱負を神様に報告するという意味あいがあるのだそう。皆さまは、2019年の目標は決まりましたか?

私は、「日本語を正しく話す努力する!」が目標。

正しい日本語。簡単そうで難しい、考え始めるとキリの無い話題だ。

私は昔からあまり話す事が得意で無い。

知っている人には、えーあんたが?と言われそうだが、場を盛り上げる事はできても、「ストーリーや出来事を順序よく分かりやすく語る」という事が苦手なのだ。

例えばこうだ。

『あのあれに出てた前髪のグシャッとしている俳優がワーっとなって、その前にここがズガーンとして、ギャーっとなってビックリした』

…なんの映画かお分かりだろうか。

臨場感は溢れるものの、主語は無いし、固有名詞もない。そもそも熟語が不足している。形容が下手。起承転結を無視して、気になった所から話し始めるので、結局全てを伝え切れない。

言い間違えも多い。

先日は焼きたてのお焼きをほおばりながら、「私は“こしまん“が一番好き」と宣言。

ちがう。私が言いたかったのは、“こしあん“だ。“こしあん“と“あじまん“が、なぜか合体してしまった。

話を振られた友人は、「急に卑猥な話が始まったか?」と、目を白黒させていた。

場を和ませるジョークにできる事もあるが、大人としてこう頻発していてはいかん。品性まで疑われてしまう。

話し言葉の憧れは、ある局の年配のアナウンサー。

天気予報でさえも、ロマンチックなポエムに早変わり。バーコードスタイルにもかかわらず言葉の魔術師としてきらめく彼を見てい

ると、「日本人ならば、やはり日本語を正しく使うようにしたい」と思うのだった。

新調した手帳にも、早速目標を書き込んだ。

更に輝く自分になるため、奮発して買った手帳。

美しい日本語で埋めて行きたい。

香月梨沙


***No1    「はざま年齢ファッション問題」***

 

先日、友人がいつの間にか私のことを動画で撮っていた。

コーヒーを恐る恐る運ぶ、後ろ姿の自分の動画を見て唖然とした。

「、、、。ばあさんやん!色も暗いしサイズも体に合ってない!」

気を抜いていたとはいえ、これはひどい。いつのまにか、自分の容姿に対するイメージと現実が乖離していたようだ。

いつまでも落ち込んでいるのは性に合わない。早速、自分の年代が行きそうな仙台のお店を訪れた。

だが、ここでも一悶着。

お店のお姉さんには、「下半身デブなので明るい色のパンツは避けている。」と伝えたのに、流行りだからと辛子色ワイドパンツを持って来た。案の定、下半身デブも足の短さも浮き彫りに。お姉さんは涼やかな笑顔で、「12センチ位のヒールを履くとバランスとれますよ」と。。

次に勧められたのは、肩の位置が腕まで伸びている、ちょうちん袖のハイネック。イカリ肩と首の短かさが強調された上、流行りのオーバーサイズが落ち着かない。「縦ラインで補えますよ」と重ねられた秋色のダウンジャケットは、どう見ても救命胴衣に。ヘルプミ~。

何一つ、気に入らなかった。

何がいけないのか。まずは色だな。そう思った。

日本では秋冬になれば色もトーンダウンしてくるのが常だ。しかし、米軍基地付近に住む友人を訪ねて遊びに行くと、全く様子が違う。外国人日本人問わず、一年中カラフルな色の服で溢れている。皆、着たいものを着ている感じがする。

元気な色は、ビタミンカラーとも呼ばれるように、自分も周りの人も色からのエネルギーを受け、元気になったりするものだ。

また、体のラインが崩れたら、隠すより、出してしまった方が、スタイルが良く見える。

自分のことを思い返すと、イケてる頃は派手めな柄物を好み、タイトなシルエットを基調にしてきたではないか!

年齢を気にし始めた私。気づかぬうちに、「目立たない色、ラインを隠すシルエット」を求めていたのかもしれない。仙台のお姉さんは、それを敏感に察知し、あの服を提案してくれたのだ。

タンスの中をひっくり返し、かつて着ていたペイズリーとボタニカルが一緒になったような柄の賑やかワンピースに袖を通す。

こんなのリサにしか合わないと言われ、得意になっていた頃を思い出す。

これだ、これ!笑

 

結論。守りに入るのはまだ早い。

苦情が出るまでは、オリジナルファッションで、姿勢を正して歩こう!

香月梨沙

 

 

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